下駄箱で育む友情

getabako学生時代…といわれると高校生時代を思い出します。私が通った高校は、自由を謳う校風でした。

いろんな人がいろんな服や髪型をして登校できる学校だったので、クラスメートを眺めているだけでも個性があって楽しかったです。自分でも買ったばかりの服を着ていったり、髪型を変えた後の登校はドキドキしたもの。そんな楽しかった思い出が自分の中での高校生時代の印象を強めているのかもしれません。

しかし、私は未だに心残りというか、うちの高校にはなかった憧れのものがあるのです。それは…ゲタ箱!

他高校の文化祭でゲタ箱をみかけた時…私は正直キュンとしました!少女漫画の中のイメージ!私の高校は、校風のせいか校舎のつくりのせいかゲタ箱がなく、土足で教室に入り、授業を受ける形でした。

朝このゲタ箱で気になる男の子に会ったりとか、帰りにたまたま一緒になったりとか…。ここでそんなことが起こるのかと思うとドキドキしてしましました。

学生時代って、同性にしろ異性にしろ、同世代の人たちがほぼ毎日同じ場所に集まってきます。それって何だかすごいなぁ…って社会人になった今は思うのです。

社会に出てからだと、そもそもタメ語で話せる友達っていうのはなかなか出来ません。同期でも人によっては会話がお互い敬語になりがち。厳しい先輩から「同期は友達じゃないから」なんて釘をさされちゃったりすることも。個人的には、会社に友達って呼べる人がいるって素敵だと思うんですけどね。

いま学生の人たちには、同じ学校に通ういろんな人と関わっていって欲しいなーと思います。いつも一緒にいる友達も、挨拶程度の友達も、いても良いんじゃないかなと思います。ゲタ箱があるのなら是非そこでのちょっとした交流も含めて、豊かな学生ライフを楽しんで欲しいです。

色あせない思い出

誰にでも学生時代の大切な思い出はあると思います。私にももちろんあります。
高校時代は吹奏楽部でした。中学でも吹奏楽部だったので、高校でも迷わず吹奏楽部に入部しました。
田舎の高校だったので部員数も少なくアットホームな雰囲気でした。
演奏のレベルもお恥ずかしいのですが正直言って低く、コンクールなどでは銀賞や銅賞ばかりでした。

毎日毎日顔を合わせて一緒に練習し、テスト期間中も何かと部室に集まり、夏休みや冬休みなどの休み中もほとんど部活で過ごしました。コンクール合宿などで寝食を共にしたこともあります。あの頃の私は「吹奏楽」が一番の生活をしていました。

そんなとても濃い時間を過ごした仲間達との思い出はきっと忘れることは出来ないと思います。練習以外でもたくさんの事を話し、おバカなことをやっては大笑いし楽しい思い出の方が多いです。もちろん楽しい事ばかりではありませんでした。先輩に怒られもしましたし、厳しい指導を受け「何でここまでしなければいけないんだ」と思う事もありました。部員同士のトラブルの間に入り悩んだり、泣いたりしたこともありました。

それでも当時は毎日毎日一生懸命に生きていたと思います。今はもうあの頃のような一生懸命さはありません。だから、あの頃の思い出は今でも輝いていて良い思い出なんだと思います。そんな大切な仲間達ですが、もう何年も会っていません。今はどうしているのか分からない人もいますが、SNSで繋がることが出来た仲間とは今でも近況を報告し合っています。

たまに当時、一生懸命練習した曲を動画サイトなどで視聴し、懐かしい気持ちに浸っています。色々なことを思い出し「あぁ、若かったなぁ」などとちょっぴり気恥ずかしくもなったりもしますが、それでもやはり良い思い出だという気持ちが強いです。「色褪せない思い出」というのはこういうことを言うのかなと感じています。

青春時代の私を支えてくれたアーティスト

学生時代と聞けばやはり「青春だったなぁ」などと思い出す人も多いと思います。
私の中学、高校時代は地味な学生でしたが、友人や先生にも恵まれ、部活に精を出す毎日でした。それら日々はまさに私にとっての「青春」でした。

今でも大切に思う友人は中学、高校時代に仲良くなった人達です。地味で部活一筋、それなりに恋は経験しましたが夜遊びなどはせず、比較的真面目な学生生活だったと思っています。両親からすれば危なっかしい面もあったかもしれませんが…。

そんな私ですが、私の青春を語る上でもう一つ忘れてはいけないものがあります。当時、私は某アーティストの大ファンでした。中学生の時に、某ドラマのオープニングで流れていた曲に聴き惚れてしまったのがきっかけでした。色々調べた結果、二人組のアーティストでオープニングで流れていた曲がデビュー曲だったことが分かりました。

それからはシングルが発売される度にCDショップへ買いに行っていました。デビューしてからしばらくは音楽番組などへの出演も度々していたので、それも毎回チェックしていました。音楽番組へ出演したりもしていましたが、実際のところは売り上げは良くなく人気もあまりありませんでした。

周りの友達は皆、男性アイドルグループやビジュアル系ロックバンドなどのファンでした。何故、そんなにもそのアーティストが好きだったかというと、歌詞が独特で妙に惹かれてしまったことが一番大きいと思います。もちろん曲調も好きでしたが、掛詞だったり言葉遊びが面白く、鋭いところをついてくるような歌詞が多くハッとさせられたり、元気にさせられたりしました。

学生時代は自分自身の事や友人同士の事、家族の事など毎日毎日悩んでばかりいましたが、そんな時に彼らの曲を聴くととても元気になることが出来ました。あの頃に彼らと出会っていなければ、今の私はないでしょう。そう思える程、彼らの作る音楽は私に良い影響をたくさん与えてくれました。

数年前、そのアーティストは解散してしまいましたが、今でも当時を懐かしく思いながら彼らの曲を聴いています。

女子校は少し特殊だけど楽しいです

高校の時に私立のお嬢さん学校の女子高に行くと、ほんとに女性の部活動しかないんですよ。
普通は中学までは男子がいて、野球部があったり、サッカー部があったり、バスケットボール部があったりするんですが、そういうのはなくて比較的、一般ではあまりないような部活動が多いんですよ。(同好会は除く)

アーチェリー部とか、マンドリン部とか、琴とか、フェンシング部とか、演劇部でも男子がいないので、全員女子で構成しないといけないですし…バトン部とか、女子特有のスポーツが多いんですよね。テニス部とかも、もちろんありますけど、何か静かにやるような部活動の雰囲気があります。

中学のような、ああいう活気はぜんぜんなくて、体育館もメチャクチャ立派な所に女子だけがバドミントンやったり、バトンやったりしている…というような…ただ、顧問の先生がひとりだけ男の人がいる、とか、そういう感じで、女子一色です。

二年生になったら、新しく先生として就任してくる先生が、若いあんまり年が変わらない男の人が入ってきたりしますから、ほとんど友達感覚になってしまいます。

女子校にはレズもたまにいます。女子同士でも噂になります。私たちには考えられない感覚ですから…レズはいつも手をつないで一緒にいます。異様なくらい、いつも手をつないでくっついてます。イチャイチャしています。女子校では高校の時には、そういうのはもう、みんな見ていますし、いつの間にか慣れました。

ほんとに好きなんだなーという感じで、目が愛し合ってる目をしています。レズにはみんなも全然気にせず、かまってなくて、知らん顔をしていました。離れろ!といって、離れるものでもないので…ただ、珍しいのでいい勉強にはなりました。

あと、先輩が全員女子だと、厳しいスポーツ部では、一番を取るために先輩が、これはダメだ!と思うすさんだ後輩をビシビシ説教したりとか、リンチまでは行かないけど、怖い顔をした先輩などが、よく全員並ばせてわかるまで徹底的に立たせたまま、厳しく叱っていました。私の友達はよくそういう目にあっていましたが、その子は結構影では先輩にあだ名を付けて呼んだりしていて、たしかにかわいげはなかったです。

私は一度も叱られたことはありませんでしたし、先輩が優しくしてくれてました。同じ人とは思えないくらいでしたが、先輩が力を入れて指導した人は一番メインになり、賞もきちんと取りました。女子だけでも案外、楽しいものですよ。

アナログだけど笑いと笑顔に溢れていた

現在41歳になった私ですが、学生時代は本当に楽しかった思い出が多いです。今のように携帯電話はありませんでしたし、インターネットも普及してませんでした。ポケベルだってまだ会社員の人が持ってるだけで、パソコンと言うものすら学校の一部の教室にしか置いてありませんでした。

こう考えると現在とはえらい違いで、連絡とって待ち合わせするのも大変だったなと感じますね。でも時間はゆったりと流れていたような気がします。待ち合わせだって大まかな時間しか決めてませんでしたし、どうやっても連絡とる手段がないんですから来るのをのんびり待っていたような気がします。

いつも友人たちとつるんではどうでもいいような会話で盛り上がったり、学校をさぼって友人宅に屯したりと、今考えたら何もかもが楽しかったと感じますね。

みんなでゲームして盛り上がって、飽きたら高校生にもなって鬼ごっこしたり、田舎でしたから行くお店も近所のスーパーくらいしかなくて、みんなでスーパー行って肉まん買って食べながら雪道をただ宛も無く歩いたりしました。コンビ二なんてありませんでしたから、常に流行の一歩後を行っていたなって思いますね。

夏休みになると毎日みんなで集ってただダラダラしたり、それに飽きると炎天下の中自転車こいで近所の川へ行って泳いだりと、物凄くアクティブに動き回っていたなって思います。とにかく元気だったですね。

恋愛に関しても、メールで告白なんてもちろん出来ませんでした。だってメールなんて無かったですから。ラブレターを書くか、あたって砕けろで直接告白が当たり前の時代です。私も何度も玉砕して、仲間に笑われましたね。本人からしたら笑い事じゃないんですけどね。

現在の学生たちとは全く違うアナログな学生時代でしたが、今よりも笑顔と笑い声が溢れていた、そんな楽しい時代だったなと今は感じています。

打ち込んだ野球と日本史

学生時代はお気楽でした。勉強は好きな日本史以外は殆ど寝ていました。毎日クラブ活動に明け暮れていました。今だから言えますが、戻れるなら戻って勉強をし直したいとは思っています。

でも、最近好きな仕事をやらせて貰える部署に異動になって、その考えは消えました。勝手な物です(苦笑)。そうなると学生時代は良い思い出に変わってしまいます。本当に不思議です(笑)。

学生時代に勉強しなくなったのは、周りが殆ど勉強しなかったからです(苦笑)。ところがそれで悩んだりしなかったです。経済がもの凄く右肩上がりで将来は安泰だと約束されていた時代だったので。

周りもあまりうるさくは言わなかったです。どこか真剣さにかけていました。後から少し後悔はします。それでも、悩まなかったのは勉強しなくても半分位は点数が取れていました。

テストはまずまずだったので。学期末の通信簿は10段階で5か6が多かったです。日本史だけは9でした。どういう訳か日本史は大好きでした。将来は日本史の教師になりたいと思っていました。

先生もあまり何も言わずに自己責任でした。有り難かったですが、本当はもう少しアドバイスが欲しかったなと今になって考えます。

クラブ活動ばかりやっていました。そんなに熱心にやってはいませんでしたが、一応高校球児でした。あの頃は高校野球は一種のステータスでした。花形クラブでした。

ヘタクソで3年生になって始めてレギュラーになれました。でも、最後の1年間は必死になってやりました。何か一つだけでも達成感が欲しいと思って頑張りました。

試合には負けましたが3年間やって来られたのが唯一の思い出です。あの苦しさを味わっていたので少し位の苦労は平気になりました。役に立って良かったです。