学生時代のアルバイトでコミュニケーション能力を

アルバイトでコミュニケーション能力を社会人になった今だからこそ、学生時代もっと色々な経験をしておけば良かったなぁと感じることが多々あります。

例えば長期休みを利用して海外へ日本では感じることの出来ない刺激を受けに行ったり、普段接することのない世代や立場の人達と積極的にコミュニケーションを取って物事の考え方や体験談を聞いたり、また偏ることなくもっと様々なジャンルの本を読んだり。そうすることで今よりも考えの幅が広い自分になれていたのではないか、と思うのです。

それから、もう少し恋愛を多く楽しんでおけば良かったかもしれないなぁと考えることもあります。
友達や先輩後輩という関係だけではなく、対等な立場の誰かと一対一で感情を向き合わせて特別に想い合う。社会人になると仕事の忙しさや日々蓄積されていく疲れで、そんなことも出来なくなるくらい余裕がなくなってしまうこともあります。しかし、学生のうちならばじっくりと相手と自分の感情について時間を掛けて考える余裕と時間があるのではないでしょうか。恋愛のみに言えることではありませんが、満足するまで何かを感じたり学んだりすることが出来るのは学生であることの素晴らしい特権であり最大の魅力だと思うのです。

そして何よりも私自身が一番後悔をし、出来ることならやり直したいと思っていることがあります。それは、同じ場所で長期間のアルバイトをしておけば良かったということです。大人になって就職を社会の中で働くようになった時、武器となるのは学問の知識ではなく経験値であったのだと社会人になってすぐに感じました。

一緒に働く人達とのコミュニケーションの取り方は周りの誰かが教えてくれるものではありません。ましてやそれを、仕事に関してまだ右も左も分からず不安な気持で毎日を頑張っているような状況下で身に着けていこうとしても、なかなか上手くいかないものです。なので、せっかく勉強を頑張って社会人になったのに心が折れてしまったり困ったりしないためにも、お金を稼ぐという目的とは別に経験値を上げるという意味でアルバイトをしておいた方が良いのだと思います。

学生時代の友人とは今でもつながってる

楽しかった大学時代学生時代はもう30年も前になります。一番後悔しているのは、何がやりたかったかを考えなかった事です。只、漠然と過していました。

あの当時は、もの凄く景気も良くて普通に会社に入れば一生安泰だと言う考え方でした。終身雇用で転職なんかもっての他と言う考え方でした。

何とかなるで本当に何とかなった時代でした。勉強ももっとやっておけば良かったと思っています。今更ながらですが。

あまりにも楽でしたので危機感も無かったです。社会人になって「あの時にやっておけば」と悔やんだ物でした。

周りの友達も皆遊んでばかりでした。楽しかったですが、振り返ってみて「やり直せるなら勉強をしたい」と思っています。

安泰な緩い環境は人を無気力にします。新設校だったので競争もあまり無くて、それはそれで当時としては良かったのかも知れませんが、ちょっと今では考えられない時代でした。

本当に楽しかったのは、皆が同じレベルだったので話しが合いました。でも、不思議と皆が「今が楽しければそれで良い」と言う考え方だったので、ちょっと違和感は有りました。

それは如実に表れています。今は皆サラリーマンをしていますが、大手なんだけど現場だとかいう人もいます。総じて会社の名前には拘っていますが、部署はどこでもいいみたいな(苦笑)。

あの頃思い描いていた未来とは全然違って来ましたが、学生時代に楽しかった事って、皆が横並びだった事かも知れません。

頭一つ抜き出た人がいませんでしたので。毎日遊んでいました。それは楽しかったですが、「これでは駄目なんじゃないかな」とは漠然と思っていました。

でも、満足しているのは皆が真面目で、30年経った今でもお付き合い出来ている事です。これが一番の宝物です。

ちょっと後悔も有りましたが、学生時代は楽しかったです(笑顔)。

下駄箱で育む友情

getabako学生時代…といわれると高校生時代を思い出します。私が通った高校は、自由を謳う校風でした。

いろんな人がいろんな服や髪型をして登校できる学校だったので、クラスメートを眺めているだけでも個性があって楽しかったです。自分でも買ったばかりの服を着ていったり、髪型を変えた後の登校はドキドキしたもの。そんな楽しかった思い出が自分の中での高校生時代の印象を強めているのかもしれません。

しかし、私は未だに心残りというか、うちの高校にはなかった憧れのものがあるのです。それは…ゲタ箱!

他高校の文化祭でゲタ箱をみかけた時…私は正直キュンとしました!少女漫画の中のイメージ!私の高校は、校風のせいか校舎のつくりのせいかゲタ箱がなく、土足で教室に入り、授業を受ける形でした。

朝このゲタ箱で気になる男の子に会ったりとか、帰りにたまたま一緒になったりとか…。ここでそんなことが起こるのかと思うとドキドキしてしましました。

学生時代って、同性にしろ異性にしろ、同世代の人たちがほぼ毎日同じ場所に集まってきます。それって何だかすごいなぁ…って社会人になった今は思うのです。

社会に出てからだと、そもそもタメ語で話せる友達っていうのはなかなか出来ません。同期でも人によっては会話がお互い敬語になりがち。厳しい先輩から「同期は友達じゃないから」なんて釘をさされちゃったりすることも。個人的には、会社に友達って呼べる人がいるって素敵だと思うんですけどね。

いま学生の人たちには、同じ学校に通ういろんな人と関わっていって欲しいなーと思います。いつも一緒にいる友達も、挨拶程度の友達も、いても良いんじゃないかなと思います。ゲタ箱があるのなら是非そこでのちょっとした交流も含めて、豊かな学生ライフを楽しんで欲しいです。

あなたを採用しないなんて勿体ない!

希望の航空業界で働いています私が就職活動をしていた頃はまだ氷河期を抜けたものの決して景気はいいわけではなく、企業としても質のいい人材を少しだけ取りたいというような時代でした。

その年、私は35社受けましたが最終まで進んだのはたったの5社、第一志望だった航空業界は二次面接までどうにか進んだのですが、それ以降、ご連絡をいただくことはありませんでした。

第一志望の航空業界が全滅になってしまいしばらく落ち込みました。ただ親友はずっと応援してくれていたので結果を伝えなくちゃと思い、授業が始まる前
「やっぱダメみたい…今日も連絡なかったんだ。」
というと彼女は黙りこんでしまいました。

そのまま授業が始まりましたが、授業が終わった後ふいに、「ねぇ、あのさ。私思うんだけど○○(私の名前)を落とすなんて、どう考えてもその会社見る目ないよね?そんな会社、きっと働いているのは変な人ばっかりだよ。もったいないね、○○を落とすなんて」
と真剣な顔で言ってくれたのです。

それまで暗く沈んでいた私の心が一気にふわーっと軽くなったように感じました。
「そうだ、そうだ。見る目ないね!こんなに美人で有能な私を落とすなんてさ。」
彼女のあの時の一言で私は元気を取り戻し、その後無事航空関連の会社に就職することができました。
あの時彼女がああいう風に言ってくれなかったら…私はその後の就職活動を頑張れていなかったかもしれません。

あれから10年たちました。彼女も私もお互いのフィールドで頑張っています。業界は違いますが、今も彼女は私の一番の理解者です。

この件に関し、彼女にお礼を言ったことはないのですが、いつか、何年か後に私たちがお互いのフィールドで今以上に活躍しているときが来たなら言おうと思います。
「あの時は本当にどうもありがとう」と。

若いからこそもっともっと生き急げ

学生時代は時間がある。体力がある。これが最大の財産です。半面、お金がない。社会的信用がない。進学・就職などに不利なことは出来ない。といった負の側面もあります。

今学生時代を振り返って思うことは、何にでもチャレンジしてみたら良かったと思うことです。例えば、恋愛や趣味、人間関係などは初めから無理と決めつけずに飛び込んでみると良いでしょう。

もちろん失敗や傷つくこともあると思います。しかし、それも時間が解決してくれます。今思うと、バイト先の色っぽい人妻をもっと真剣に口説いたら良かったと思います。1回位なら思い出作りさせてくれそうな雰囲気はあったのですが、押せませんでした。

旅行(1人でも友人とでも)もガンガン行くべきです。これは時間があるのでいくらでも計画できます。貧乏旅行は思い出に残ります。自分は車で行ける所まで国道をひたすら真っすぐ走って行くという一人旅をしました。国道7号線です。新潟~ずっと青森まで2泊3日で車中泊で行きました。ひたすら走って(方向音痴なので)帰りの不安におびえながら走っていました。当時ナビが付いていない車だったので、今となっては良い思い出です。後にも先にも、車中泊したのはこれっきりです。身体はめちゃめちゃ痛かったです。

また、バイトも積極的に行うことで色々な人間を見ることが出来て良いと思います。○○系の職だから、接客業をした方が・・・というのは考えない方が良いです。単純に、近いとか、時給が良いとかで選ぶと良いと思います。

バイトをすると、これまでの細々としたお小遣いから数万円単位のまとまったお金が手に入ります。学生時代のバイトで、この数万円単位のお金の管理を経験しておかないと(1万円の束をみても冷静でいられる免疫力をつけておく)
就職して数十万円単位のお金が入ってきた時に上手く扱えないという場合もあるかもしれません。

自分は学生時代にバイト(ほぼバイト漬け生活でした)して、車を買える位(100万以上です)貯金していたので、初任給もボーナスも何の感動もないレベルでした。これは非常に良いことで、給与やボーナスを計画的に貯蓄や投資にお金をまわすことが出来る「金銭感覚」の基礎をバイトを通して養えました。なによりも、100万を目標にお金を貯めるのは楽しかった(バイト漬けの暗い学生生活では無かったです)。

途中で20万、30万位の貯蓄になると「これまでの人生で最高額の貯金だー」という感じでテンションが上がったのを覚えています。50万前後は辛かったです。80万位になると100万は何となく達成できるだろうし、達成しても大して変わらないだろうなと思った。100万を達成した時は、「本当に数字上のことなんだな」と思った(これは1000万も同じでした)。

だけど、通帳の1,000,000円を見て カンマが2個付く数字の額を貯金したんだ!!と感動しました。次にカンマが増えることは(10億貯めることは)一生無いと思うとなんとも微妙な気持ちになりました。

後悔していることは、もっとPCの基礎スキル(タッチタイピングやofficeソフトの使いこなし等)を磨いておけばよかったと思います。これは必ず役立ちますし、有り余る時間を有効に使える良い方法だと思います。是非やってみて下さい。
趣味の開発も学生時代ならではです。是非毛嫌いせずに色々なスポーツなどにチャレンジしてみて下さい。とにかく、年々体力は落ちますし、思考も保守的になります。思っているほど時間はありません。

私が言いたい事は、若いからこそもっともっと生き急いで下さい。ということです。

卒論提出後のドライブ旅行

学生時代のことで一番思い出に残っているのは、卒業間際の3月に5.6人で行った1泊旅行です。
それまでに卒論も通り、就職先も決まっていましたから気持ちは楽なもので、あとは遊ぶだけといった感じでした。
同じ学部の男子達が計画し、女子の何人かに声を掛けてくれました。全部で5人だったと思います。

大学近くの喫茶店で待ち合わせをし、レンタカーのワゴンで出発。箱根に向かいました。でも、男子たちは途中で相談して、予め取っておいた宿をキャンセルしていました。車の運転が好きな男子がずっと運転していました。
彼は体育会の自動車部に所属していたこともあるので、運転も上手いし、性格的にも超が付くほど真面目だったので、みんな安心して彼に運転を任せていました。

途中、暇になった私が運転を代わりましたが、その彼は余程ハラハラしたのでしょう。ふと横を見ると、彼の顔が私の顔のすぐ横にあってギョッとしました。彼はあまりに心配で、私の目線で運転を見ていたのです。おまけに私にずっと声を掛けていたのですが、それがまた今となると笑えます。

「いいよ、大丈夫だよ。いま、この道路は○○さん(私のこと)一人で走っていると思っていいからね。他の車のことは
考えなくていいからね」と。

こんなことを本当に言う人がいるんですね。確かに励ましてくれているのですが、心の中と正反対のことを言い続けていました。すぐに彼に運転を変わりましたが、心底ほっとしたように見え、後ろの席に戻った私はムッとしました。

箱根に着いたら、観光案内所で民宿を紹介してもらいました。案内所の方が親切で、学生さん達だから安くして、と言ってくれました。10畳ほどの広さの部屋で夜は少し飲みましたが、1時になるかならないかでみんなで雑魚寝。
結構みんな真面目でした。

翌日は小涌園でスケートを楽しみました。私はあまり得意ではないので、端の方でヨチヨチ歩くのに等しかったですが、1人の男子がつきっきりで教えてくれたので、段々手すりを離して滑れるようになり、楽しかったです。

帰りは運転手の彼が一人一人を自宅や自宅のすぐそばまで送ってくれました。最後までいいヤツでした。

免許や資格、友人など一生の宝物が出来る大学時代

学生の時には税金支払わないでよかったので、バイト代は全て残っていたので、もしかすると社会人になる前は、結構リッチな生活をしていたかもしれませんね。

大学生での2年間はお金がないし、大学の授業が多くて本当に苦しい日々でしたね。バイトのお金は飲み会や、欲しいものに全て使えたので本当に後半2年は楽しかったですね。

部活動も3年間は維持して続けていましたし、バイトもつづけましたし、本当に忙しい日々で良かったと思っています。
学生生活でもっとしなければいけないと思ったのが、免許や資格を取れば良かったなと思いましたね。

学生の忙しいという時間の取り合いは、なんとでもなる時間の忙しさです。大学生の時に取れる免許は、まずは運転免許は必要になってくるでしょう。そのあとに必要になってくるのが、教員免許、でしょう。そこからは自分の好きな免許を、出来る限り多くの免許を取れるように、頑張って行きましょう。看護学生なら当然、資格は看護師資格ですよね!(参考サイト:看護師給料年収アップスクール よく理解できます)

あと、思い出に残っているのが、彼女が出来て旅をしたことは思い出に残っていますね。彼女が出来ると、生活は一変して彼女が中心の生活になってしまいます。良いことも悪いこともありますが、今考えると子供が出来た時に似ているようにも感じますね。

学生時代の付き合いは、大学だけの付き合いもありますし、そのあと一生モノの付き合いもあったりします。彼女は学生時代だけの付き合いになりましたが、男の友達は今もたまにあったりするようにしています。

大学生活の部活動だけではなく、私生活も一緒に生活していたということで、あの時の4年間は非常に大切なモノだったと言えるでしょうね。これからも学生の時に出会った友達は、大事にして行かないといけないと思っています。

色あせない思い出

誰にでも学生時代の大切な思い出はあると思います。私にももちろんあります。
高校時代は吹奏楽部でした。中学でも吹奏楽部だったので、高校でも迷わず吹奏楽部に入部しました。
田舎の高校だったので部員数も少なくアットホームな雰囲気でした。
演奏のレベルもお恥ずかしいのですが正直言って低く、コンクールなどでは銀賞や銅賞ばかりでした。

毎日毎日顔を合わせて一緒に練習し、テスト期間中も何かと部室に集まり、夏休みや冬休みなどの休み中もほとんど部活で過ごしました。コンクール合宿などで寝食を共にしたこともあります。あの頃の私は「吹奏楽」が一番の生活をしていました。

そんなとても濃い時間を過ごした仲間達との思い出はきっと忘れることは出来ないと思います。練習以外でもたくさんの事を話し、おバカなことをやっては大笑いし楽しい思い出の方が多いです。もちろん楽しい事ばかりではありませんでした。先輩に怒られもしましたし、厳しい指導を受け「何でここまでしなければいけないんだ」と思う事もありました。部員同士のトラブルの間に入り悩んだり、泣いたりしたこともありました。

それでも当時は毎日毎日一生懸命に生きていたと思います。今はもうあの頃のような一生懸命さはありません。だから、あの頃の思い出は今でも輝いていて良い思い出なんだと思います。そんな大切な仲間達ですが、もう何年も会っていません。今はどうしているのか分からない人もいますが、SNSで繋がることが出来た仲間とは今でも近況を報告し合っています。

たまに当時、一生懸命練習した曲を動画サイトなどで視聴し、懐かしい気持ちに浸っています。色々なことを思い出し「あぁ、若かったなぁ」などとちょっぴり気恥ずかしくもなったりもしますが、それでもやはり良い思い出だという気持ちが強いです。「色褪せない思い出」というのはこういうことを言うのかなと感じています。

アルバイトをしていた友人の話を信じて

学生時代は本当にバカだった。たまり場のアパートで大騒ぎして大家さんに乗り込まれたり、酒を飲めば電柱に登ったり、ろくな事しない仲間といつもフラフラ遊んでいた。

ある日いつものようにアパートでウダウダ話をしていて深夜になった頃。バイト先のドーナツ屋から帰ってきたNが、勝手に持ってきたあまり物を食べながらバイト先の話を始めた。最初はあの子がカワイイとかブスがうるさいとか言ってたので誰も相手にしなかったのだけど、閉店間際のドーナツの話になって、そこにいた全員の目が真剣になった。

Nの話だと、毎日閉店時間前になると売れずに残ったドーナツはカラスに荒らされないよう厳重にビニール袋に入れて棄てられるという。
「普通にキレイな袋に入れて棄てちゃうからもったいないんだ。」
Nの言葉に全員の心がひとつになった。
「よし、ドーナツ救出作戦だ!」
別にドーナツは困っていないと思うのだけど、私もヒマなので車に乗り込んだ。駅前に急ぐとドーナツ店は丁度良いタイミングで弊店作業中だった。

暫く待っていたら、例のカワイイ女の子がドーナツが入っているらしい袋を持って店から出てきた。外の所定のゴミ捨て場に袋を置いたのを確認すると、Nが取りに走り、2つの袋を車に積み込んだ。N以外は全員腹ペコで、初めての救出作戦に尋常でなく興奮していた。途中のコンビにでジュースを買い、猛烈スピードでアパートに戻ると、さっそく袋を開けてドーナツパーティーは始まった。Nのこのひと言で。

「うえ、生ごみ」

皆がフリーズした。
そう、我々は深夜にわざわざ車を飛ばして生ごみを救出してきたのだった。結局2つの袋は両方生ゴミだったので、我々はひとつもドーナツを食べる事が出来なかった。アパートの主は空腹で怒り狂い、Nにコンビニのおにぎりを20個買ってこさせた。あのおにぎりの味を私は忘れない。ドーナツより美味しかったように思う。

青春時代の私を支えてくれたアーティスト

学生時代と聞けばやはり「青春だったなぁ」などと思い出す人も多いと思います。
私の中学、高校時代は地味な学生でしたが、友人や先生にも恵まれ、部活に精を出す毎日でした。それら日々はまさに私にとっての「青春」でした。

今でも大切に思う友人は中学、高校時代に仲良くなった人達です。地味で部活一筋、それなりに恋は経験しましたが夜遊びなどはせず、比較的真面目な学生生活だったと思っています。両親からすれば危なっかしい面もあったかもしれませんが…。

そんな私ですが、私の青春を語る上でもう一つ忘れてはいけないものがあります。当時、私は某アーティストの大ファンでした。中学生の時に、某ドラマのオープニングで流れていた曲に聴き惚れてしまったのがきっかけでした。色々調べた結果、二人組のアーティストでオープニングで流れていた曲がデビュー曲だったことが分かりました。

それからはシングルが発売される度にCDショップへ買いに行っていました。デビューしてからしばらくは音楽番組などへの出演も度々していたので、それも毎回チェックしていました。音楽番組へ出演したりもしていましたが、実際のところは売り上げは良くなく人気もあまりありませんでした。

周りの友達は皆、男性アイドルグループやビジュアル系ロックバンドなどのファンでした。何故、そんなにもそのアーティストが好きだったかというと、歌詞が独特で妙に惹かれてしまったことが一番大きいと思います。もちろん曲調も好きでしたが、掛詞だったり言葉遊びが面白く、鋭いところをついてくるような歌詞が多くハッとさせられたり、元気にさせられたりしました。

学生時代は自分自身の事や友人同士の事、家族の事など毎日毎日悩んでばかりいましたが、そんな時に彼らの曲を聴くととても元気になることが出来ました。あの頃に彼らと出会っていなければ、今の私はないでしょう。そう思える程、彼らの作る音楽は私に良い影響をたくさん与えてくれました。

数年前、そのアーティストは解散してしまいましたが、今でも当時を懐かしく思いながら彼らの曲を聴いています。